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サンクチュアリ ブログ です。管理人マルボロの日記です。メインはバイクですが、バイク以外の内容も載せていきたいと思います。

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世間知らず

こんばんは。本日藤沢入りしました。仕事終わってから藤沢へ飛び立ったんです。そして、金曜日の夕方には再び阿蘇に帰るんです。トンボガエリとは当にこのことなのでしょう。

それはさておき、最近テレビも見てないし、ネットもしていないので情報不足に陥ってます。今週の土日の雨で熊本・阿蘇が警報出ていたのも親+姉&儀兄の電話で知りました・・・。コンビニ売ってる「どろろ」の原作を買って、映画も見てみたくなりました。更に、あみんが復活したということを飛行機の機内放送を聞いて知りました。「待つわ」を聞きました。

しかし、阿蘇の生活にも徐々に慣れ、仲間?も増え、楽しくやっております。

付加価値として、ギターがうまくなりました。仕事の後に絶え間なく弾きまくってるから当然でしょう。ギター買って、一週間で左指にタコができました。

アッチョンブリケ!!
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影武者を見た

本日黒澤明監督の映画「影武者」を見ました。
武田信玄の影武者がんーたらかんたらって映画。今まで見たことなかったので、調度よく戦国時代ブーム(マイブームです)だったので見てみました。

なかなかよかったんだけど・・・。

この映画で有名なのは「長篠の戦」のシーン。織田信長・徳川家康の連合軍と信玄の四男、諏訪勝頼こと武田勝頼の戦。

黒澤監督らしい大河映画で、大量の騎馬武者役を集めての騎馬隊はなかなかグッと来た。

がしかしなのです。俺はそこで一つ不満が残りました。騎馬武者が走ってる姿はいっぱいあるのですが、肝心の戦闘シーンはないんです。柵を組んだ織田&徳川陣営が鉄砲を撃ってるシーンだけしかないんです。撮り方もイマイチ、臨場感がないのです。「蜘蛛巣城」のように、三船敏郎に本当に矢を打ち込むくらいの勢いが欲しかったところですね・・・。

ここで一つ議論があります。騎馬隊が存在しなかった説が浮上。ちょっと調べると出てくると思いますが、騎馬隊が存在しなかった説。武田軍や上杉軍といったら騎馬!っていうのはこの黒澤さんの「影武者」の影響がでかく、実際は違っているという説があります。

その理由として
・大量の馬を養うには莫大な資産が必要
・日本古来の馬は小ぶりで、鎧武者を乗せた突撃が不可能
・騎馬隊が編成されていたことが、資料に一切残っていない
・馬は臆病かつ大人しい生き物で、戦闘に向いていない
・馬は坂道を下りにくいらしい

などなど。

がしかしです。モンゴルでは戦国時代の数百年前に、チンギスハーンが騎馬隊を駆使したという話もありますし、更に古くはアレクサンダー大王、ハンニバルやスキピオ・アフリカヌス及びユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)のような騎馬隊を駆使した歴代の人々もいます。

もともと、歩兵の重要性は室町時代前後に日本人も認識しておりました。アレクサンダー軍の8割方(7か6だったかも)は歩兵でした。全部隊が騎馬隊というのは絶対にありえません。

戦国時代には、中国からあらゆる書物も伝わっており、陣形当の研究もなされていました。昔ながらのやり方だけでは生き残れない時代だったのです。自国領で独自に騎馬隊を編成してもおかしくは無いと思われます。軍隊の大部分は歩兵、残りで騎馬隊を編成していたということは十分に考えられることだと思います。

参考資料として、長篠の合戦の屏風があります。あの屏風によると、騎馬隊らしきものは見受けられません。
ですが、あの屏風は長篠の100年後、江戸幕府が設立し後太平の世になって、戦の素人が描いたもの。歴史資料としては二級品です。



ただし、黒澤さんの映画のように軍団の半分以上が騎馬隊というのはありえないでしょう。

武田の騎馬隊にロマンを感じます、俺としては是非史実であって欲しいですね。

敵は本能寺にアリー!

 お早う御座います。マルボロです。

 昨日、大河ドラマ「功名が辻」を見ました。本能寺の変です。主人公は山内一豊なので、直接は関係ないのですが、彼も歴史の渦の中心にいる一人なので、欠かせない一幕ではあります。

 それで、楽しみに楽しみに、一週間待ってた訳ですが、見てみると何だかイマイチ・・・。最近の大河ドラマは質が落ちてるんじゃないのか?といいたくなるくらい・・・。

 おそらく賛否両論になる内容なのでしょう。

 濃姫(信長の奥さん)と明智光秀が恋仲という設定らしく、本能寺の変はメロドラマ的に描かれてる・・・。

 オレとしては、そこが気に食わない!あれじゃそこら辺の恋愛ドラマと同じじゃないかよ!!N○Kはそういった視聴者受けのする路線とは無縁でいて欲しい。もっと違う方向性で、毅然と描いて欲しかった。

 それに、鉄砲の使い方のパイオニア信長とはいえ、精度の悪いあの時代の火縄銃をスナイパー並みに狙ってるのは何だか・・・。

 信長が鉄砲使って成功したのは、組織的な一斉射撃をいち早く取り入れたことにあるわけで、各個で狙う使い方は周りの大名誰でもやってたんだし。

 不満タラタラ!

吉川英治

 こんばんは。マルボロです。

 先日、ペンキ塗りが終わったと同時に、実家にて12年間飼いつづけたフナたちを放流してきました。

 とある川がとある川に合流する地点に放流。そこは、若干水位が低い気がするけど、先住民の魚もいるし、葦の群生もあるし、足場のような場所の下に完全に隠れることもできるし、申し分ないんじゃないかな。

 釣りにくる人がいるみたいだけど、釣られないよう祈るしかないかな・・・。

 さてさて、先日から読み始めた吉川英治「私本太平記」。なかなかおもしれーな。もともと、この人の作品は大好きだし、実家に落ちてたから、よく読む。

 結構お堅いイメージのある作者だけど、それはおそらく時代の関係かなぁ。若干現代の文章と違うしね。「剣難女難」とか「貝殻一平」とかは、サラリサラリと面白おかしく書いてあるぞ。

 この人の作品は、何度も出版されてはいるのですが、やっぱ新しく再出版されたヤツのほうが、字も大きいし、読みやすいなぁ。目がチカチカしちまうし。

 まだ、バカボンドの原作にもなった「宮本武蔵」や「新・平家物語」とか読みたいのたくさん。

PS:最近、司馬遼太郎さんの本が読めない。読みてー作品はたくさんあるんだけど、拒絶反応起こしてる・・・。

私本太平記

 こんばんは。

 先日、実家より盗んで来ました。吉川英治著「私本太平記」です。全八巻。




 この写真は新しい文庫本のヤツ。でも、オレが持ってきたのは、もっと古いソフトカバーの単行本?です。じいちゃんの遺産。

 しっかしまあ古い本って字が小さい。おまけに、1ページを2分割していて、凄く読んでて目が疲れる・・・。でも、タダだからね。

 この本は確か、太平記なんだけど足利尊氏が主人公として描かれたもの。山岡荘八さんの太平記は逆、新田義貞や楠木正成がメイン。

 とりあえず、読むか。

奥州藤原4代?5代?

 こんばんは。マルボロです。

 今日は久しく歴史ネタ。その中でもあまり知られていない奥州藤原氏について。



 こちらは中尊寺金色堂の覆いの建物。中には金色のお堂がありんす。昔は金色のお堂をむき出しにしていたようですが、劣化を気にしてカバーをつけたらしい。要するにカバーに遺産的価値は全くないのだ。

 まあいいや。奥州藤原氏といえば、藤原経清から始まり清衡・基衡・秀衡・泰衡の5人。
 経清は、安倍貞任とともに時の源氏の棟梁である源頼義と戦った偉大な武人。
 清衡は経清の死後、清原家の養子として生き残るが、源義家とともにに同腹の弟である清原家衡を倒し、奥州藤原の基を築く。そして中尊寺金色堂を建立。
 基衡はその後の陸奥を更に安泰なものとした。奥州に藤原ありき!と言えるのも、この人物の政治手腕のお陰。
 秀衡は源平合戦の時、源義経を庇護した人物。源頼朝が平氏を倒し、義経討伐を打出した際、義経保護策を通そうとしたが、悲願の病死??老衰?暗殺??
 秀衡の死後、長男の国衡でなく次男の泰衡が跡取りとなるが、源頼朝の圧力に負け義経を殺害、それでも頼朝に恭順を許されず阿津賀志山の戦いで敗北、家臣に見限られ殺害された。

 とまあ、ざっと挙げてもこのくらい。詳しく書いたら本が数冊出来上がる・・・。

 中尊寺金色堂に収められている遺骸は、清衡・基衡・秀衡・泰衡の四人。(泰衡は首のみ)

 秀衡亡き後、陸奥は統率が乱れていたのか、阿津賀志山の戦いで泰衡は2万程度の軍勢で10万以上の源頼朝軍に立ち向かった。しかしながらここに疑問符が残るんです。

 当時、陸奥は一大勢力を誇っており、平氏や源氏も凌ぐ兵力を有していました。その数15万とも20万とも。そして莫大な富。源平合戦の際も陸奥の動向は両者ともに気掛かりなものでした。
 それが、陸奥討伐の際には源氏が10万の軍勢に対し、1万~2万程度の軍勢しか導入しないというのは何とも解せません。その時陸奥では藤原基成を始め、内部で割れていたとはいえ解せません。

 歴史的には泰衡=ダメという見識ですが、実際はどうなのでしょう・・・。陸奥の民にしてみれば、清衡・基衡・秀衡の三人に敬いはあっても、泰衡には大してはどうかしら・・・。寧ろ、売国の逆賊ぐらいの憎しみがあるはず。義経殺したし。
 しかし、金色堂には英雄三人に揃って、泰衡の首が今でも弔われております。先祖を敬う気持ちなら、どっか適当な土地に慰霊碑か塚ができる程度じゃないのでしょうか。

 そこへ更に、義経生存説。面白くなってきたな♪

 事実、頼朝に降伏した後、陸奥の民や町はそのままの状態で許されました。

 泰衡は名君で、実は義経を殺してはおらず(偽首)、更には自分の身を犠牲にして陸奥を頼朝の手から守ったのでは??
 いえ。これは自分が考えたことではありませんよ。受け売り受け売り♪高橋克彦さんの「炎立つ」という歴史小説の受け売りです。

 しかし、歴史なんて後に残った者が適当に書き換えることも出来るし、わからないものですよね。残った証拠や信憑性の高い資料を元に書き上げられる訳ですし。

 そこに歴史のロマンがあるのです。

 残っているのは、金色堂と泰衡の首。とりわけ陸奥に関しては文献が少ない。

 ただ、頼朝は相当疑り深く、狡猾な人間でしたので、義経を生かしておくことはありえなさそうですが・・・。

炎立つ

 こんにちは。管理人のマルボロです。

 さてさて、新太平記に続いて最近読んでる本は、高橋克彦さんの「炎立つ」です。奥州藤原氏4代に渡る壮絶なドラマ!

 1993年のNHK大河ドラマの原作になった作品です。ちなみに主演の藤原経清・泰衡役は、ラストサムライでお馴染みの渡辺謙さんです。子供ながらに、結構ハマってた大河ドラマです♪父も気に入っていたと見え、平泉の中尊寺金色堂まで旅行にも・・・。

 はっきりいって、奥州藤原氏とか安倍氏とかマイナー中のマイナー。学校の歴史では、平安時代は「中央の貴族どもが仮名文字使って、およよ、およよな文化を育んだ」とぐらいしか教わってないです。

 もともと、高々数年の義務教育(高校までいれても12年か)で、人類数千年の歴史を教えようというのに無理があるのでしょう。

室町幕府

 こんにちは。管理人のまるぼろです。

 ただいま、山岡荘八さんの「新太平記」を呼んでいるのですが、今まで、室町時代前後の知識は1467年の応仁の乱まで空白の状態でした。

 知っていることといえば、鎌倉幕府を倒したのち、後醍醐天皇によるご新政が数年で破綻、1338年に足利尊氏が幕府を設立、といったアバウトなことだけ・・・。




 こちらは、足利尊氏の肖像画(高師直(こうのもろなお)説もあります)です。

 室町時代って、結構治まっていなかったんですよね・・・。鎌倉の引継ぎと言った感が強いです。そして、戦乱に継ぐ戦乱。暗い影の多い時代です。

 幕府政治のようなワントップ(寡頭制)は、いい面も多いのですが、支配者の能力・性格が政治を左右するようで、支配者が弱っちくなったら、次の強い者に取って代わられるのは、時間の問題。

 ドイツの社会学者ロべルト=ミヘルスによると「社会集団はつねに少数者に支配権力を握られる」(寡頭制の鉄則)らしいですが・・・。

家紋

 こんにちは。管理人のマルボロです。

 さてさて、今日はちょっと家紋についてのお話です。

 その昔世界中の多くの民族や部族の間で、一族郎党を表すため?に家紋が使われておりまりた・・・。日本でも例外ではなく、平安時代以降から主流になったようです。

watana0001.jpg


 因みに、こちらが我が家の家紋・・・。うっはぁ。分かる人には一発でわかる家紋ですね・・・。名前は「三つ星に一文字」または「渡辺星」だそうです・・・。まんまじゃねーか!!

 ですが、家紋の名前に一族の名前がついているのは、「渡辺星」くらいなものらしく、それだけ、必ずと言っていいほどこの三ツ星は渡辺という姓に使われているようです。

 ワタナベのルーツは対岸へ渡る渡船口をいい、その渡しの舟守りが「わたりべ(渡部)」と言います。「ワタナベ・ワタベ・ワタリベ」の読み方もここから来ているようです。

 嵯峨源氏の渡辺綱から出た族のようです。渡辺綱は源頼光に従い、今日の一条戻り橋で鬼同丸という悪漢を退治したことで有名な豪傑?のようです・・・。

 渡辺綱の子孫が摂津渡辺党で、源頼政の挙兵を援護、以来南北朝から戦国期にかけて各地を転戦し、その戦いぶりは勇猛をもって知られました。この系統は戦国末期、武田・今川・織田・徳川・毛利など有力戦国武将に仕え、集合離散しながら戦い続けたようです。

 渡辺綱の子孫が摂津渡辺党で、源頼政の挙兵を援護、以来南北朝から戦国期にかけて各地を転戦し、その戦いぶりは勇猛をもって知られました。この系統は戦国末期、武田・今川・織田・徳川・毛利など有力戦国武将に仕え、集合離散しながら戦い続けた模様です。

 このため。渡辺氏は全国に広まっていきました。とくに関東・中部地方に多いようです。栃木・茨城・千葉・山梨・愛知・岐阜の各県に多いようです。山梨県では、「嵯峨源氏の後裔16世。武田氏に仕えて功あり」と「甲斐国志」に記され、古くから甲斐の豪族として勢力を持っていたことが窺われます。現在も甲府市では20人に一人は渡辺姓、県下第一の大姓となっているようです。

 ですが、実際には明治維新後に自称した可能性も十分にあり、よく分からないですね・・・。

 我が家の分かっている情報は、曾おじいちゃんの代は福島県の一鉄道員だったというところまで・・・。

 それにしても、自分のルーツを調べるのって、凄く面白いですね。

山岡荘八さんの「織田信長」

 こんばんは。管理人のマルボロです。

 以前に山岡荘八さんの「織田信長」という作品についてブログで触れたことがありました。

 そのときに、少々間違った見識を・・・。こちらの記事では「本能寺の変」にて信長が敦盛を舞ったと書いてしまったのですが、ウソ。

 ちゃんと最後まで読まないで書くから・・・。最後はきっちり、武人としての信長が描かれております。

 ただし、山岡さんの作品は、基本的に信長を悪く書いていない・・・。

 「本能寺の変」はあくまでも信長と明智光秀の性格の違いからの摩擦?(もっと言い詰めれば、明智光秀の勝手な思い込み)と言った具合で、完全信長擁護・・・。

 「本能寺の変」は議論の分かれるところなので、どうしようもないところなのですが、少々偏り気味。

 もともと、山岡さんの作品は徳川家康側の人物作品ばかりで、反家康側の人間や江戸幕末の倒幕側の人物の作品は殆どない・・・。信長は5巻、秀吉は8巻、家康は22巻と作品のページの量でもよくわかりますが・・・。

 ここまで偏ると、ちょっと純粋に楽しめなくなってしまいます・・・。結局、作者のイメージってヤツがあるので、仕方のないことなのですが・・・。

織田信長と平敦盛

 おはよう御座います。管理人のマルボロです。

 さて、今日は歴史にまつわることを少々。織田信長と言えば、日本の戦国時代を代表するヒーローの一人、知らない人はいないくらい有名な人物です。

 戦国当時、武将たちはきたる戦に備え、馬術や武術に勤しむ傍ら、能や舞、歌などを楽しんでいたようです。今でいう宴会のような時、披露していたようです。

 信長も例外ではなく、平家物語をもとにした幸若舞曲の「敦盛」を好んで舞っていたようです。




 こちらは、「平敦盛」のイメージ画です。

 「思へばこの世は常の住み家にあらず。草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし。きんこくに花を詠じ、栄花は先つて無常の風に誘はるる。南楼の月を弄ぶ輩も月に先つて有為の雲にかくれり。人間五十年、下天のうちを比ぶれば夢幻の如くなり。一度生を享け、滅せぬもののあるべきか。

 有名なのは太字の部分のくだりですね。

 平家物語の内容で「源義経」で有名な一の谷合戦で「平敦盛」の首を討った源氏方の武将「熊谷直実」が無常を感じて出家する話がモチーフになった舞曲です。

 ただ、信長がこのんで舞っていたようですが、信長が寡兵で戦った有名な「桶狭間の戦」の直前や、信長最後の「本能寺」でこれを舞ったというのは俄に信じ難いです・・・。のちに描かれた脚色でしょう。

 山岡荘八さんの作品「織田信長」でも、そのように描かれております。これじゃ、信長カッコよすぎ・・・。

 とは言え、所詮は昔話であり、英雄伝はそういったインパクトの強い脚色がないことには面白くないのです。信長もあの世で悪い気はしていないことでしょう。

 いやぁ、歴史って本当に面白い♪

三国志

 こんにちは。管理人のマルボロです。

 今月からは、マジメにBLOGを更新していきたいと思います・・・。出来る限り毎日・・・(ムリだろな)。

 で、先週から北方謙三氏著作の「三国志」を読んでいるのですが・・・。なかなか予定通りのペースで読めず・・・(読書なんてそんなもんか)。

 実は、同じ本を調度一年前に読んでるんですよね・・・。ですが、面白い作品は何度読んでもイイノデス♪

 小生が評価するところ、北方謙三氏の「三国志」はとても面白い作品だと思います。個々の登場人物が丁寧かつカッコよく(ハードボイルド的)描き出されております。




 「三国志」という括りの作品は、古今東西、沢山の人が沢山の作品を残しておりますが、それだけの魅力があるのでしょう。

 マルボロはまだ吉川英治氏と北方謙三氏の二作品しか読んでいないのですが、これからもっと沢山の「三国志」を読んでいきたいと思います。

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